雑記だな完全に

加戸前知事「○△×の一覧表を見ました。マスコミなにしてんの?」

偏向報道かそうではないか、おそらくここを訪れる人は現代的平衡感覚、情報収集能力(接触能力という方が良いのか、SNS的な)があるので問題ないと思うのだが、テレビを見る人には問題点が何なのか考える必要があるだろうと思う。
正確な情報や正確な判断(信頼に足る判断)とすれば、やはり判例主義の裁判と言えるのかも知れない。
えん罪に対する一方的な能力不均衡はあるとしても、裁判員裁判を除けば、おおまか信頼に足る。

国会だから信頼できるというわけでもない。
大手メディアだから信頼に足るというわけでも、やはりない。

かつて福島第一原発のリアルタイム放送はNHKしかしていなかった。
これは大変なことだと思っていたので、当時のことは記憶している。
他の民放各社では、メイン放送の隙間でやるニュースで、しかもニュースにしたりしなかったり程度だった。
あとで見たどこかの記事で、スポンサーである東電に対する配慮だったのでは?的に書かれていて、そう言う見方もあるかと思った次第。
その記事が正確なのかの判断など私にはできない。

ただ、少し客観的に問題の本質が何なのかを考える一助にはなるはずなのだ。
ここが重要。

翻って、冒頭のnetgeekの記事。
ここではNHKは主要番組で放送していないことになっている。
だとすればやはりニュース媒体としてみたときにバランス感覚を欠いていると言わざるを得ない。

さて、ここで突如池上彰氏である。
彼のコメントは比較的バランスに配慮していると思う。
情報接触面積が圧倒的に少ない私ですらたまに彼のそのバランスに首をかしげることもあるが、おおむね(相対的に)良好。
というのも、いつかの番組内で、ニュースソースに対する反対意見として弱い内容を出すことがあって、ある時はその他の選択肢もあるのに一つしかあげなかったり、と。
番組内で帰結するような配慮かも知れないことは付記しておく。
で、個性を消した報道というのがベストだというのはおそらく皆賛同だと思うが、個人が取材すればその時点で各記者ごとの情報量が違うのであり、ひいては内容を均一にすることは不可能だろうと推測するだろう。
先ほどのニュースのように、少々穿った見方をすると、番組改編時期とはいえ、「そうだったのか」の放送が長くなかったり、近時の内容が時期に左右されないイスラム国であったり、意図があるかもしれないとも考えられる。

そして、またまた冒頭の記事に帰る。
これはnetgeekの記事であり、以前バニラエアのニュースソースに対する批判記事がある。(調べて欲しい)
同じことの繰り返しだが、一市民にはそれが真実なのか、一面性だけではないのか、判断して良いのか、疑問がつきない。
ここが大事。
テレビは受信者が情報を流し受け、興味のあるなしに関わらず接触するのだが、ネットは双方向らしく興味を持てばそこに自分からたどり着けるし、対照的な記事にも反論意見にも容易に触れられる。
手を伸ばしたいときに、この自由闊達な土壌自体に触れられることこそが大変大切なのだと。

冒頭裁判官が全く持って信頼に値するかのように言っているのだが、結局これもやはり人間なので何らかの力で均衡を欠いたとしても不思議ではない。
ただ、思考する人が多ければ標準化されるし、民主的であり、その時点で自らの主張で声を上げればそれが世論となるのである。
正誤の判断は別として、一個人として、それぞれがメディア(情報)に対して思考することが大切なのだと思う。

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